相反する芸術と科学
黒と白、敵と味方、善と悪、ポジティブとネガティブ。このように、私たちは様々なものをつい二極化して捉えがちですが、この二極化したもの同士がぶつかり合うことで新たなものが生まれたり、補助的な役割を果たすケースが数多く存在します。例えば、それは芸術と科学です。
「色」に関してもまた、芸術と科学という真逆の立場からのアプローチにより理論を深めてきました。色が認知される科学的な仕組みだけでなく、人間の感情、行動、進化といったものにどのように影響するかについて研究がなされてきました。現代において、色という1つの言葉を取っただけでも、科学的、心理学的、そして行動学的な側面で計られるのは、先人たちが科学的視点と芸術的視点の両方からアプローチを絶えずしてきたからなのです。前回の記事では色について科学的な観点で解説しましたが、本記事では色に関する代表的な歴史について「芸術」を交えて触れていきたいと思います。
色の表示方法が確立されるまで
色について勉強を始めるとき、私たちが必ず目にするものと言えば、「カラー ホイール」です。このカラーホイール、皆さんも学校の美術の教科書で見たことはないでしょうか?カラーホイールとは、特定の色間の関係を示すことを目的としたものです。デザインをする上で必要不可欠なアイテムといっても過言ではありません。ですが、このカラーホイールが発明され、標準化するまでの過程には長い歴史があることを皆さんはご存じでしょうか?
ニュートンのカラーホイール:1704年
プリズム実験
実は、世界で初めてのカラーホイールは、かの有名なイングランドの学者、アイザック・ニュートンによって開発されました。この頃、色は明暗の混合であると考えられており、赤が「最も明るい」、青が「最も暗い」と言われていました。ここで、ニュートンは「なぜ白色光(太陽光)で様々な色が見えるのか?という「光」の謎に注目します。彼は白色光(太陽光)をプリズムで分散し、可視光線のスペクトルを観察するという実験を行いました。
この実験で、光は屈折率の違いによって、赤、橙、黄、緑、青、藍、菫の7つの色光に分解され、この色光が人間の感覚中枢で「色彩」として感覚されることを発見します。また、ニュートンはこの実験で、白と黒からすべての色が成立するという古代の理論を覆した上で、謎に包まれていた「虹」について明らかにしました。そしてこの虹を構成する7色が世界で初めてのカラーホイールになったということです。
※プリズム:ガラスなどからできた透明な三角柱で光を屈折させたり分散させたりするもの
ガラスの置物に太陽光が反射して虹が見えることってあるよね?
ニュートンは太陽光自体に色はついていないけど、「色」を生むためには「光」がポイントであることを突き止めたんだ。
ゲーテのカラーホイール:1793年
「感覚」にこだわった詩人
ニュートンのプリズム実験によって光と色彩の関係が明らかにされた後、「色を理解するためには、人間の体験を中心に観察するのが大事だ」とニュートンの研究に猛反発した人物がいました。それは、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテというドイツの文豪です。ゲーテは、著書『若きウェルテルの悩み』で有名ですが、実は科学者たちと同じくらい色の研究に力を注いだ人物でもあります。
ゲーテは、光と闇の境界線にこそ色は存在するとし、光よりも「闇」が色の生成に無くてはならないエッセンスであると主張しました。ニュートンが 1704 年に 著書「光学」を発表した後、ゲーテは色に関するユニークな独自実験を数え切れないほど行っています。ニュートンの研究と大きく異なるのは、色の「心理的側面」を重要視している点です。
「色彩論」の発表
ゲーテは1810 年に約20年かけて作成した「色彩論」を発表。彼はこの色彩論の中で独自のカラーホイールを開発しています。彼のホイールは、互いに反対の色が視覚的に敵対的な役割を果たしています。彼のホイールは、今日私たちが使用しているカラーホイールのベースとなっています。
しかしながら、この時期にはすでにニュートンの研究が認められ、かつゲーテの研究があまりにも人間の「感覚」にこだわり過ぎていることにより、彼の考えは受け入れられませんでした。ゲーテの研究は科学的には的確なものではなかったものの、「人間の色彩感覚」という面からみると非常に秀逸な研究であったと後に賞賛されています。
ゲーテの研究はどちらかというと「心理学」の考え方に近くて、現代では「色彩心理学」「知覚心理学」などの研究分野の先がけだと言われているよ。
補色残像現象
ゲーテのカラーホイールは補色関係を明らかにしたものです。驚くことに、これは後に人間の脳がどのように色を認識するかについての基礎となっています。また、彼は補色関係を明らかにしたことで、人間に起こる不思議な視覚現象についても非常に早い段階で明らかにしています。補色残像現象とは、色の刺激を受けた目が反応して、実際の色とは異なる色(補色)を作り出してしまうという現象です。
下の赤星を30秒間見つめた後、何もない白紙の画像を見てみて下さい。
いかがでしょうか。赤の補色である青の星が浮かび上がりましたか?これが補色残像現象と呼ばれているものです。
マンセルのカラーツリー:1905年
ニュートン、ゲーテによって色相の知識が蓄積されていく中で、アメリカの画家であり美術教育者、アルフレッド・ マンセルは色に対してさらに「彩度」と「明度」の 2 つの要素を付け足した人物です。マンセルは、人に対して芸術教育をする上でより最適な方法を模索していました。そんな中、色を簡単に測定および定義できるシステムが不足していることに気が付いたのです。
「色空間」を生んだ親
マンセルは、1905年、著書「色彩の表記」において、「色相(Hue)」「彩度(Saturation)」と「明度(Value)」の3つの属性の段階で色を表すマンセル表色系を作成しました。これにより、「色空間」という概念が誕生し、色の属性がさらに理解しやすくなりました。ちなみに、HSVはRGBやCMYKと比べて人間が色を知覚する方式により類似していると言われています。また、マンセル表色系は、国際的に通用するほど正確な色の表示方法でもあり、日本のJISの規格としても採用されています。
3D の先駆けだ!
おわりに
いかがだったでしょうか。ニュートン、ゲーテ、そしてマンセルによる科学的および芸術的なアプローチは、今日の幅広い分野での色研究における基礎となり、役立てられています。例えば、マンセルが確立した色空間は、塗料や染料の生成やテレビのピクセルのコーディングなど応用されています。色知覚では、ゲーテの色理論をベースに、色彩心理を利用したマーケティング手法とも紐づけられています。
芸術家と科学者は相反するものであることから、彼らの間で理論対立は絶えることがありません。しかし、こうした彼らの研究の相乗効果によってのみ色が持つ多面性と本質を理解することができると言えそうです。